今日はひとつ重たくて暗い話。
苦手な方は回れ右GO!
父亡き半年記
父が亡くなって半年が過ぎた。
身元確認に訪れた警察官から「心肺停止状態で」と聞いたときの母の「えっ!!!」という声が鮮明に思い出される。
わたしのなかでは未だに「え?」のままである。
身内を亡くすのは初めてではないが、元気に家を出て帰ってこなかったケースは初めて。我が子の写真を見返すときもその日その時間の前後は飛ばして振り返る。今更何ができるわけでもないことはわかっているが、心臓が重くなる。
どの人と別れる時も、それが最後かもしれないと思うようになった。年若い友人も、100歳間近の祖母も変わらず。母の起床が遅い日なんかは、あぁ起きてこないのかもしれない、昨日が最後だったのかもと思わずにはいられない。
雪が降る。雪かきを持って意気揚々と出る父。腰を痛めて早々に引き上げる父。
お雛様を出す。喜び勇んでダンボールに手をかける父。腰を痛めて早々にリタイアする父。
そうそう、もう会えないんだった。少なくとも父のいない1年が回りきるまでは、そうそう、という瞬間が幾度も訪れる。
この海で死ねればそれで良いんだ、と言っていたまさしくその海で。父の最期を知るスマホやゴザ、タオル、サップはまだ生々しく目に映る。父は苦しんだのだろうか。
暑い暑い夏の日の雲ひとつない空。平穏な田舎町に不似合いな救急車のサイレン。物々しい雰囲気の幾人もの警察官。思い出さないように記憶に封をしてある。1年前までは幼い頃の思い出に満ちた癒しの田舎町でしかなかったのに。
肉親との死別から立ち直るのには3年ほどかかると聞いた。こんな深海色の悲しみや寂しさも3年も経てばある程度褪せるのだろう。それでも心のどこかで父はいずこ、父はいずやと思う私が、一生付きまとう気がしている。