「思い出すよじゃ 思いがうすい
思い出さずに 忘れずに」
京都の遊女が、江戸へ去る間夫に歌ったものだそうです。
別れ際、遊女が男性に簪(かんざし)を贈り、「これを私だと思って」と告げたところ、男性は
「これを見るたびに君を思い出すよ」と言ったんだそうです。
すると遊女は
「思い出すということは、普段は忘れているということですか」
「わたしは思い出すということはありません、忘れることがないから」
「思い出すようじゃ、思いが薄いのではないですか」と言うんです。
男性の女性に対する幻想をもってすれば、これは健気でかわいい歌になりますが…
遊女は戯れのプロでもあるわけですから、この歌も言葉遊びの一つかもしれませんよね。
一人の男に傾倒しているようでは仕事にならないですもんね。
それを心得ていながらも好きになってしまった男性だったなら、本気でこの歌を詠んだとも考えられますけど…
余談ですがモーツァルト作曲 ダ・ポンテ台本のオペラ「コジ・ファン・トゥッテ」をご存知でしょうか。
タイトルは「女はみんなこうしたもの」という日本語訳になります。
登場人物の女中さん、デスピーナちゃんの歌の歌詞にはこういったものがあります。
女も十五になったなら
様々な流儀を知っておかなくてはいけません
男性を恋に落とす愛の罠や
愛想笑いや嘘泣き
百人の男の言うことを聞いて
千人の男を目くばせで誘い
美男もそれ以外もその気にさせて
恥ずかしがらずに嘘をつくのよ
これを聞いていると、先ほどの遊女が本気でしおらしく男性を思い続けたとはなかなか思えず。。。( ´∀` )
デスピーナちゃんの歌は一見、ただの悪女でどうしようもない人の話に聞こえます。
でもこれは女性の地位が今よりもずっと低く自由にならない暮らしの中で、彼女たちが生き抜くために得た知恵なのです。
女性は男性の言いなりになっているだけではだめよ、と歌う彼女は女中さんです。
自分らしく生きるために、身分は低くても女性であっても、相手を出し抜くくらいの気概でいなさいってことなんです。
自分に誇りをもっている人はいつの時代もかっこいいですね(^^)